たつき諒先生を徹底解剖!プロフィールから過去作品まで紹介

「これが読みたかった!」「私が見た未来」著者のたつき諒先生のプロフィール、年齢、顔写真、漫画家になるきっかけ引退した理由、完全版は偽物のおかげ、実際の夢日記の写真、過去作の単行本から読切までまとめ全部。予知夢漫画家の復帰はしないのか?など伝説の漫画家たつき諒先生の全ての情報をまとめて紹介しています。

「私が見た未来」完全版で分かった著者のたつき諒先生のプロフィールを紹介、年齢、顔写真、漫画家になった経緯から引退した理由、完全版は偽物のおかげ?夢日記を書くきっかけ、過去作の単行本から読切までまとめて紹介。利用しているSNS。予知夢の預言者として漫画家の復帰はしないのか?など伝説の漫画家たつき諒先生の全ての情報をまとめて紹介しています。

たつき先生と言えば「予知夢本当に当てた預言者」として私が見た未来20年前に出版された漫画が予言の書としてプレミア価格12万を叩き出すほどの話題の人です。

しかし実はたつき諒先生が漫画家を引退してしまったのは2000年とすでに引退して20年以上も経っており本人のプロフィールもほとんど皆無の状態でした。

しかし2021年11月に絶版となっていた私が見た未来を自身で監修、予知夢の追加と修正を行なった「完全版」として出版しました。その中にたつき諒先生の今まで語られることがなかった、幼少期から漫画家になる経緯、引退した理由なども赤裸々に解説されていたので、まとめて紹介して行こうと思います。

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たつき諒先生を徹底解剖!たつき諒先生とは!?

「これが読みたかった!」「私が見た未来」著者のたつき諒先生のプロフィール、年齢、顔写真、漫画家になるきっかけ引退した理由、完全版は偽物のおかげ、実際の夢日記の写真、過去作の単行本から読切までまとめ全部。予知夢漫画家の復帰はしないのか?など伝説の漫画家たつき諒先生の全ての情報をまとめて紹介しています。

たつき諒先生は「私が見た未来」の作者ってだけではないんです、幼少期の不思議な体験、夢日記は実はもう40年以上書いていること、漫画家としては驚くほど無名だったこと、引退した理由からデビューのきっかけ、偽物のおかげで完全版が出版されたなどの不思議な話が満載の魅力的なお話がたくさんあります!

「私が見た未来」の中で予言され的中した予言全てをまとめた記事はこちらです

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たつき諒先生のプロフィール

たつき諒先生の本名は不明ですが「竜樹 諒(たつき りょう)」漢字表記のペンネームもあります。

生年月日:1954年12月2日生まれ
現在66歳(2021年11月時点)
出身は神奈川県横浜生まれ。

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たつき諒先生の「素顔」画像

絶対に顔出しN Gと思われたたつき諒先生ですが、実は私が見た未来完全版で顔出しをついに行っているんです!

左がたつき諒先生の素顔、右がたつき先生が描いた自身のキャラクターです。

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幼少期に「神、創造主」に会う体験

たつき諒先生は9歳のころ神様、としか言えない不思議な存在と出会ったことがあります。

当時引越し続きて転校生が物珍しく見られることで学校に行くのが嫌だった幼少期、風邪をこじらせて頭がぐるぐるとしていながら

「私はなんで私なのだろう?」

「なぜこの地球に生まれて、この体でなければならなかったのだろう?」

と深いレベルまで考えを広げた結果、自身の体を抜け、家を出て、空へ、そして宇宙へ行ったと感じた途端に一人の老人(白髪、白い髭、白い布をまとった笑顔の老人)との不思議な出会いについて「私が見た未来(完全版)」では当時見た創造主としか表現できない謎の老人のイラストと邂逅の詳細が解説されています。

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漫画家になるきっかけは石ノ森章太郎の「マンガ家入門」

私が見た未来「完全版」での解説で

たつき諒先生はもともと漫画家になる気は全くなかったが「17歳の高校時代に交通事故になって死にかけた経験をきっかけに、高校を卒業した後に、顔出しをせずに家でできる在宅ワークであること、そして何より生きた証を残せる仕事がしたい」

と考えた時、偶然兄が購入した石ノ森章太郎著作「マンガ家入門」を読んだことで「これだ!」と漫画家を目指しはじめます。とりあえず書いてある通りに道具を揃えて漫画をかくも、見るも無惨な内容でしたが出版社に持ち込みを開始します。

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初めに、というタイトルで石ノ森章太郎先生は一言「絵が上手くなりたいのなら書きなさい。書いて書いて書きなさい。それでもダメなら才能がないのだから別の仕事にしなさい」とバッサリ。それだけ大変な作業であることである、ということを教えてくれます。
ただし中身はまじで見事なテクニック本。
漫画家になるためにペンの持ち方から書き方、上達方法、見せ方、キャラの書き方まで基本の「き」の詳細を教えてくれます。
とりあえず上手くなりたい!というよりは『漫画家になりたい」という人向けのハウツー本です。
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たつき諒先生の今も昔も苦手なのは「物語のプロット作り」で、骨子となるストーリー展開に対しての苦手意識がかなり強く克服されることはありませんでした。持ち込み開始して何度も何度も書き直し慣れないGペンに慣れるために100枚も落書きをしたりと努力を積み重ねます。

その努力と修行の1年間の間にプロ漫画家のアシスタントをしながら原稿の待ち時間に自分の原稿を描きまくる日々を過ごします。パタリロで有名な白泉社「花とゆめ」で賞が決まっていましたが、デビューが確定しているわけではないということで、秋田書房からの「あなたのような派手な絵柄が欲しかったのよ」という言葉で腹を決めて「月刊プリンセス」で連載開始。

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たつき諒先生デビュー作「郷ひろみ物語」

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たつき先生ストーリー書くの苦手なら原作つけましょう!ってことで当時最強のアイドルだった「郷ひろみ」の物語を描いた短編集がたつき諒先生デビュー作となりました。

その後もさまざまな媒体で読切作品を描き続けます。

漫画家時代にもさまざまな不思議体験をしていますが詳細はこちら私が見た未来完全版を紐解く記事で紹介しています。

たつき先生が今までに出版した作品を知りたい場合は後述する「たつき諒:過去の読み切り作品と単行本一覧まとめ」をご覧になってください。

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1999年「私が見た未来(旧版)」出版も売れず

そして1999年「私が見た未来」が出版されます。

内容はタイトルにもなった「私が見た未来」など予知夢関連読切漫画が2話と、そのほか関連性のない読切作品を収録された短編漫画集です。

当時は全く見向きもされず現在すでに絶版となっていますが、あの予知漫画であることが話題になったことで希少価値が上がりなんと12万円の価格に高騰。

完全版が出たから多少は値段が下がると思いきや変わらず12万円のプレミア価格のままです。完全版がベストセラーになったおかげでますます値段が高騰していきそうなので12万円のうちに幻の予言の書を手に入れておくのも良いかもしれませんね。

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驚くことに?

当時ノストラダムスの大予言のブームに乗って不思議な話を漫画にして見たものの、まだまだ予知夢に対して「不思議なことがあるものだ」、「この夢は一体何を予知しているのか?」という謎で終わってしまう内容だったため見向きもされませんでした。

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2000年漫画家引退。その理由は「売れないから」

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超簡単に解説すると先生が漫画家を引退した理由はご自身曰く「書けなくなったから」だそうです。

心身ともに死にたいレベルにまで落ち込んでいたようで漫画を書く気力体力共に皆無になっていたため漫画家を引退したようです。

が、ここからは私見ですが、漫画家を引退した理由は「漫画家として一度もヒット作が出なかった」というのがあると思います。後述する先生の書いてきた作品数と単行本の数を調べるとたつき諒先生は25年間の漫画家生活でたったの9冊しか単行本を出していません。しかも全て読切短編集で、一巻たりとも「1巻」と銘打ったシリーズがないんです。

実はたつき諒先生は当時は全くの無名の売れない漫画家だったんです。

1作品でも面白い作品が生み出せたら読切どころか連載になるはずですが、結局のところそれでも物語が作れないという致命的な欠点のせいで読者を喜ばせる面白い作品を量産することができませんでした。

1975年から引退までの25年間でたったの9冊しか出せない漫画家は何を思うでしょうか。いつまでも体力が持つとも限らず、いつまでも漫画に縛られる生活は・・・となってのではないでしょうか?

2011年3月の東日本大震災の日付までもぴたりと一致してしまったことで「私が見た未来」が話題になり脚光を浴びました。それでもすでに絶版となっており印税が入ることもなく。。。。

偽物登場フライデーでインタビューに唖然

先に結論だけ言いますが

たつき諒先生は「ネットで書き込みを一切したことはない」です。現在もガラケー使っておりネットは触ってもいないそうです。完全版で語っております。

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私が見た未来(完全版)の作者あとがきより引用

なのですでに偽物が「なりすましだった」と自白していますが「使命だった」と謎の迷言を残して雲隠れ・・・しておらずのうのうとSNSやってます。

しかし彼はある意味救世主だった可能性もあるのが釈然としない原因です。というのも彼がいなかったら「私が見た未来(完全版)」は出版されなかったからなんです。

私が見た未来「完全版」出版理由

驚くかもしれませんが、私が見た未来(完全版)出版するギリギリまでたつき諒先生は何も知りませんでした。

それもそのはずこの時この本の監修をしていたのは「たつき諒先生のなりすまし(偽物)」が行っていたからです(怒)

実は当初「私が見た未来(完全版)」はたつき諒先生のなりすましが監修しており、たつき諒先生は全く何も知らなかったのですが、知人から聞いたことで発覚。出版社に確認した結果出版社がたつき諒先生と思い込んでいた人はただのなりすましの偽物であったことがのちに発覚して発売が延期になった経緯があります。

全く意図の違う内容の予言を書いていたこと。

普通なら憤慨して出版中止!となりそうなのですが、たつき諒先生は快く監修を行いさらに漫画家引退後も続いていた予知夢の追加の予言、さらに実際の夢日記の写真、過去のメモを全て掲載するという作業を行ってくれました。

こちらで詳細は紹介していますが、彼の存在のおかげで「完全版」が生まれた。と言っても過言ではないのです。(個人的には気に入りませんが)

たつき諒先生は現在何をしている?

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漫画家を引退した後は、絵は好きなのでコンピューターグラフィック、興味のあった医療事務、福祉関係のコーディネーター、建築関係など興味のある研修や資格を次々に受講して人生の幅を広げて人生を謳歌しているようです。

「絵は好き」

この言葉が聞けただけでも嬉しいですね。

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たつき諒:過去の読み切り作品と単行本一覧まとめ

たつき諒先生が今までに出版した単行本は全部

amazonではたつき諒先生の「私が見た未来」のおかげで電子書籍版となって復刻されている過去の作品もあるのでさっくりと紹介していきます。

人形物語(1980)

おお、まさかのたつき諒先生初単行本は全員がハッピーエンドな素敵なお人形のお話

とある人形にまつわる物語。

その美しい日本人形には一人の可憐な少女の想いが込められている。

その少女から手放された人形はさまざまな境遇の少女たちの間を渡り歩いていく。友人として、家族のように接する子供たち全員キツめな幸せとは言えない人生を歩んでいるが、その少女の想いが込められた人形によって徐々に幸せの道が開かれていく。

懐かしい。

そう思った私の場合、実は姉がこの漫画の単行本だったか、雑誌だかを大事に持っていたので読んだことがある、しかも何度も。短編集でどこから読んでも楽しめるしみんな最後は幸せになっていくのが当時の私の不幸な家族の現実から逃避できる唯一の娯楽でもあったというね…。

ああ、懐かしい。

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そしてここからたつき諒先生の不思議な「背後霊」「守護霊」について面白いことになるので主人公が長髪で細身のイケメンってことを覚えておいてください。

水色の航空書簡(1983)

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水色の航空書簡、虹色のノクターン、ストームシリーズ、など読切短編集です。

すでに絶版となっているため若干値段はお高めな4980円なり。

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宝石物語(1984)

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たつき諒先生といえば?「人形物語」「時計物語」そして今作「宝石物語」の物語3部作が代表作と言われていますが、現在絶版となっており、入荷しても高値でも速攻誰かが購入されているようですね。

こちらの作品の主人公も長身細身のイケメン男子です。

時計物語(1984)

ミステリーホラーな時計にまつわるお話を楽しめる作品集になっています。時計メインの世にも奇妙な物語といった感じで、時計にまつわる不可思議な話を楽しめます。

絵が猛烈に古いのも仕方がありません。もう40年近く昔の作品ですからね。

あらすじ:
世にも不思議な時計ばかりを売っている魔法の時計店。どの時計も魔法仕掛けの特注品。使い方さえ間違えなければ、時計の魔力で人々を幸せに導いてくれる。そう、使い方さえ間違えなければ…。10分置きに鈴蘭の花が咲くという花時計。青年は病床の妹の御機嫌を取るため、「必ず外に置かねばならない」との忠告にも深く気を留めることなく足早に店を去ってしまう。

amazonより引用
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ここでも主人公は長髪細身でイケメン男性。

ここまでで紹介した単行本4冊のうち3冊は全て「長身で長髪、細身、そしてイケメン男子」ということが共通しています。

それがどうした?かというと「私がみた未来(完全版)」で当時のたつき諒先生が霊視を受けたさいのほとんどの背後霊、守護霊が見える先生からの鑑定結果が「この長身、長髪、細身のイケメン男子」だったんです。当初はへぇと思っていた先生もほとんどの先生が同じ回答だったこと、当時「物語シリーズ」の主人公が全員同じ容貌だったことから、「霊視って守護霊とか守護神が見えるんじゃなくて、その人のイメージが見えるだけなんじゃね?」と興味深い推測をしておりオカルト好きとしては超おもしろい考察があるんです。

改めて先生の代表作を調べた結果このうように主人公がまじで全員霊視通りの容貌だったので改めてたつき諒先生は「色々と持っている人」なんだなと。

やはり「私がみた未来(完全版)」は面白い!ってことでよろしければどうぞ↓

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このほかたつき諒先生の現在は取扱していなくても表紙だけでも楽しみたい人、懐かしい気持ちになりたい人は、amazonのこちらのページを確認してみてください。おお、これこれ、といった懐かしい作品群を見ることができます。取扱はしていない作品が多いので注意ですよ。

読切作品名一覧

たつき諒先生は100本を越す読切作品はこちら

読み切り
郷ひろみ物語(『月刊プリンセス』1975年7月号)
ふたりのわたし(『月刊プリンセス』1975年夏休み大増刊号)
冬の花(『月刊プリンセス』1976年お正月大増刊号)
ザ・タカラヅカとおい灯(『別冊ビバプリンセス』1976年4月25日 SPRING創刊号)[17]
哀愁(『別冊ビバプリンセス』1976年8月25日 SUMMER号)
そよ風のバラード(『別冊ビバプリンセス』1976年10月25日 AUTUMN号)
ハローレディー(『月刊プリンセス』1977年2月号)
フランクリン・カウンティの誇り(『別冊ビバプリンセス』1977年4月25日 SPRING号)
水中天国(サンリオ『リリカ』1977年6月号No.8)[18]
まわる花時計(『月刊プリンセス』1977年7月号)
ミッドナイト・ストーリー(『別冊ビバプリンセス』1977年8月25日 SUMMER号)
しんでぇれらぁ(『ボニータ(プリンセス増刊号)』1978年夏の増刊号)
カンバーランドの館(『別冊ビバプリンセス』1978年8月25日 SUMMER号)
コンサート(『別冊ビバプリンセス』1978年10月25日 AUTUMN号)
グッド・ラック・ツー・ユー(『別冊ビバプリンセス』1979年1月25日 WINTER号)
夏休みが来るまえに(『プリンセスGOLD(プリンセス増刊号)』1979年5月初夏の増刊号)
少女の花(『別冊ビバプリンセス』1979年8月25日 SUMMER号)
アメリカン・キックオフ(『月刊プリンセス』1979年10月号)
時計物語(『別冊ビバプリンセス』1979年10月25日 AUTUMN号)
人形物語(『月刊プリンセス』1979年12月号)
ラジカル・ジョーク(『月刊プリンセス』1980年1月号)
星のメルヘン(『月刊プリンセス』1980年3月号)
クリスタルギャザー(『別冊ビバプリンセス』1980年4月25日 SPRING号)
時の中の少女(『月刊プリンセス』1980年5-7月号)
倒錯の森(『月刊プリンセス』1980年9月号)
宝石物語(『別冊ビバプリンセス』1981年1月25日 WINTER号)
レインボーカラー(『月刊ボニータ』1981年4月号 創刊号)
セレナ(『別冊ビバプリンセス』1981年4月25日 SPRING号)
春風シンフォニー(『月刊ボニータ』1981年6月号)
ピットフォール(『月刊プリンセス』1981年8月号)
ふざけたヤツら(『月刊ボニータ』1981年9月号)
輪廻転生(『月刊プリンセス』1982年2月号)
たった3分31秒(『月刊ボニータ』1982年3月号)
なめんなよ!(『月刊プリンセス』1982年4月号)
シルエット(『月刊プリンセス』1982年6月号)
虹色のノクターン(『別冊ビバプリンセス』1982年10月25日 AUTUMN号)
ちいさなカラの中(東京三世社『SFマンガ競作大全集 PART 17』1983年1月)[19]
デビュー(『別冊ビバプリンセス』1983年1月25日 WINTER号)
水色の航空書簡(『月刊プリンセス』1983年3月号)
はじめから緒割まで(『別冊ビバプリンセス』1983年4月25日 SPRING号)
記憶の鍵(新書館『WINGS (ウィングス)』1983年第5号)
だんだん馬鹿になってゆく(『Pino(プリンセス増刊号)』1983年プリンセス初夏の増刊号)
オールナイトでぶっとばせ!(『月刊プリンセス』1983年6月号)
アトランダム1(『別冊ビバプリンセス』1983年8月25日 SUMMER号)
ロスからシスコへ(『別冊ビバプリンセス』1983年10月25日 AUTUMN号)
アガルタ(集英社『ぶ〜け』1984年5月号[20]) – 集英社『ぶ〜け』初登場作品[20]。
華物語(集英社『ぶ〜け』1984年8月号[21])
時計幻想物語(集英社『ぶ〜け』1984年12月号[22])
BLOODY GRASS―血ぬられた草(集英社『ぶ〜け』1985年12月号[23])
ERE Junction(集英社『ぶ〜けデラックス』1986年4月増刊号)
誓い(集英社『ぶ〜け』1987年10月号)
そんな馬鹿な(マガジンボックス『月刊パンドラ』1989年7月号)
雨月物語(マガジンボックス『月刊パンドラ』1989年8月号)
ガラス窓(講談社『BE・LOVEミステリー(BE・LOVE増刊号)』1990年3月号)
さくらのした(講談社『BE・LOVEペア』1990年9月号)
奇妙な現実(講談社『月刊少女フレンド サスペンス&ホラー特集号』1991年9月号増刊号)
妹殺し(講談社『月刊少女フレンド サスペンス&ホラー特集号』1992年1月号増刊号)
地下街(講談社『月刊少女フレンド サスペンス&ホラー特集号』1992年9月号増刊号)
怪電話(講談社『月刊少女フレンド サスペンス&ホラー特集号』1993年1月号増刊号)
彷徨う霊達の話(スコラ社『恐怖体験』1994年 VOL.4)
闇の中へ(スコラ社『恐怖体験』1994年 VOL.5)
霊がいっぱい(スコラ社『恐怖体験』1994年 VOL.7)
夢のメッセージ(スコラ社『恐怖体験』1995年 VOL.9)
浮遊霊(スコラ社『恐怖体験』1995年 VOL.12)
もうひとりの自分(スコラ社『恐怖体験』1995年 VOL.14)
冥界の壁(スコラ社『恐怖体験』1995年 VOL.19)
私が見た未来(朝日ソノラマ『ほんとにあった怖い話』1996年9月号)
緑の先(朝日ソノラマ『ほんとにあった怖い話』1996年11月号)
伝えられたメッセージ先(朝日ソノラマ『ほんとにあった怖い話』1997年3月号)
夢の跡(朝日ソノラマ『ほんとにあった怖い話』1997年7月号)
白い手(朝日ソノラマ『ほんとにあった怖い話』1998年11月号)

wikiより引用

ここまで色々と調べて分かったのは先生は本当に先生は売れなかった不遇の漫画家だったということですね…。

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まとめ:完全版で裕福になるも危険な兆候が

これを機会に売れて欲しいのですが、、、と思ったのですが、実は完全版で変わったのは予言だけではなく、表紙の先生自身の手相までもが修正されているんです、調べてみると驚きの鑑定結果になったのでまだまだオカルト話で盛り上がりたい人はぜひこちらもご覧になってみてください↓

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